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第1174回 改めてこのブログを書き始めた動機を考えてみると

 何回も書いていますが、私は生まれてから3歳位まで湿疹で悩まされていたと両親から聞かされています。あまりの痒みのために、勝手にかゆい部分を掻き壊してしまうため、手に包帯を巻いて掻けないようにした、なんていう話も聞いていますが、残念ながら当時のことは覚えていません。

 今考えると、間違いなくアトピーの症状だなと思えるのですが、60年近い前のことですから、アトピーという言葉そのものが存在しなかった可能性があります。

 親としても、今のようにネットで知識を仕入れるということが出来ませんから、何でこんなに痒がるのか不思議だったと思います。

 その後3歳ぐらいから、湿疹は軽減したものの、今度は喘息が発症。あまりの発作の激しさに、呼吸が苦しくて一晩中寝られなかったという記憶がいまだに残っています。

 苦しくて寝ていられませんから起き上がって座り、前傾姿勢で肩で息をしながら、ひたすら苦しさに耐えることになります。このときの姿勢で、私は猫背になったと確信しています。

 当然ながら両親も一緒に起きていましたので、特に仕事を持っていた父親は寝不足がつらかったと思います。当時は「ネオフィリン」という薬が特効薬でしたが、激しい発作が生じているときは、その薬の効果は数時間しか続かなかったと記憶しています。

 薬事法か医師法か分かりませんが、深夜に医者に行くことも多く、一時期は父親が医者の代わりに注射を私にうったという話も聞いています。

 というわけで、小学校に入学したものの、ろくに通学も出来ず、今で言うところの長欠児童となりました。子供心に私は健康的に優れていないダメ人間なんだということを認識していたと思います。

 一方私が小学校高学年になる頃から、アレルギーという言葉が使われ始め、「お前はアレルギー体質だから・・・・」という言い方をされる機会が増えました。

 またこの頃から、喘息の新しい治療方法がいろいろと開発されていきました。私の場合は典型的な喘息患者だったようで、ある意味臨床試験を兼ねたようなさまざまな治療をずいぶん施されたよう気がしています。

 その後医学の発達により、喘息のための吸入器という画期的な薬剤が開発され、それとともに私は思春期を迎えたこともあって喘息症状は徐々に軽減。

 しかしながら喘息が軽減した代わりに再びアトピーで悩まされることになります。

 まあそれやこれやで、結果的にアレルギー体質というのは今も変わっていないなと折に触れて感じます。変わったのは、そういった症状が出たときの心構えや、対処法をいろいろと学んだことでしょか。

 ただしそういった経験を通し、どうも医療というものに胡散臭さを感じることが多くなったようにも思います。とは鋳物の、その反動として自分の健康は基本的に自分で維持しなければいけない、という意識も強く持つようになりました。

 このブログはそういった観点が根底に流れているかもしれないなと、今頃になって思えてきました。

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hoku

Author:hoku
 

 50代半ばで妻を失い、その後の自律神経失調症症状で、50代後半に早期退職。既往症は喘息、アトピー、高血圧。さらに60代になって鼠径部ヘルニア、クモ膜下出血も経験しました。  このブログはそういった経験を踏まえて、日ごろの健康生活についてまとめているものですが、いつの間にか早期退職後10年以上が経過しています。