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第1794回 母親のCOPDの現状、私の高血圧

  母親は退院して、自宅で自由で気ままな生活を送っています。先日図書館でCOPDに関する本を借り一読して参考になる記述が多かったので、さっき実家の母親の様子を見に行き、ついでにこの本を渡してきました。



 他にもいろいろな本があると思いますが、面白いなと思ったのは、COPDにもいろいろな種類があって、さらに喘息等の病気によって複合的になっているCOPDがあるということ。

 単純にCOPD=息切れ=肺疾患=肺胞の病気という図式は成り立たないんだなと感じました。ただどうすればよいかという部分はちょっと弱い。

 もともとこの病気は喫煙の影響が大きいようですが、すでに禁煙している患者にとっては、治療の選択肢は少ないなと感じました。

 壊れてしまった肺胞を元の状態に戻すことは現代医学ではまだ難しいみたいで、ips細胞の活用とか、肺移植といった大掛かりな方法しか残されていないんだなと感じました。
 
 だからこそ、今症状があらわれていない喫煙者は直ちに禁煙し、周りに副流煙を流さないことが大事。特に家族と一緒に生活している人は、自分以外の家族の健康にも責任がありそうです。

 というわけで母親ですが、この本を渡してきましたが、やはり微熱が下がらない様子。明日いつもの診療所に行く約束をして帰ってきましたが、明日はわたしも月1回の降圧剤を貰ってくる予定です。

 ちなみに私ですが、ここのところ血圧を測ると上は110~140ぐらい。下は65~85ぐらいで、とりあえず落ち着いています。降圧剤は日医工の「イミダプリル」というACE阻害剤5mgを半分に割って2.5mgで服用。

 この薬、もともとはタナトリルという名前の薬のようですが、これは過去にも服用していたことがあります。ちなみに例年夏場は血圧が下がるので、2.5mgのさらに半量の1.25mg、場合によっては服用無しと言うことがここ数年続いています。

 ただ冬場になると、通常の5mgになっていたのですが、この冬はどうやら半量の2.5mg服用で問題なさそう。だとすると暖かくなってきたら服用中止の可能性もあるなと思っています。

 その意味では、降圧剤は一生飲み続けないといけないと教えられて30代からおよそ30年飲み続けてきましたが、場合によっては服用中止の可能性もあるんだなと最近確信できるようになりました。

 ではなぜ下がったのか?下がったきっかけになったのは2年半前のクモ膜下出血による手術とその後のリハビリ生活ですね。この時の入院生活で、薄味の食事となり、ほぼ40年飲み続けたアルコールを断酒。

 今も断酒は継続中ですが、同時に食べるつまみの量も減り、ついでに食べる食材も塩分を避け、脂肪分の多い食品を避けるようになったからかなと思っています。

 さらに言えば、本格的な年金生活に入り、ストレスも激減したことが大きいと思っています。結局、ストレス、飲みすぎ、食べすぎで、血液の状態が悪くなり、動脈硬化を誘発して高血圧になっていたのではという気がしています。 
 

第1793回 母親は昨日退院しました

  昨日母親は三か月半の入院生活を終えて無事退院。今は自宅で在宅酸素療法の元、以前の生活に戻りました。振り返ってみれば昨年春ぐらいから、夜睡眠時に動悸、息切れ等を感じるようになったものの、我慢。

 夏の終わりに試しに熱を測ったら微熱が続いていることが分かり、いつもの診療所で紹介状を書いてもらい、近所の病院へ。そこで検査をしたら、血中酸素濃度が低下していることが分かり入院。

 入院中に正式な病名としてCOPD(慢性閉塞性肺疾患)ということになり、鼻から酸素を吸入することになりました。しかしその量は最低量でした。

 というわけで、9/8~9/26まで入院。この間に気管支拡張剤等も処方され、在宅酸素療法となり退院。自宅に酸素機器を設置して、そこからチューブを引いて家の中を動き回るという生活になりました。

 それで落ち着いたなと思っていたのですが10/20に、ちょっとした気のゆるみから、寒さに備えて設置したこたつの脚に躓いて転倒。

 数日痛みを我慢したようですが、全く良くなる気配がなかったので救急車を呼んで、COPDでお世話になった病院に搬送。今度は内科ではなく外科となりましたが、レントゲン撮影で大腿部の骨折が判明。

 そのまま入院となりました。通常骨折の治療は、骨折部分を金属で固定する手術を行うようですが、母親の場合はCOPDや狭心症の気配もあると言うことで自然治癒を選択。

 その結果、当初はベッド上だけで生活。その後ベッド上で起き上がる、ベッド上で動く方の足のリハビリ等を行い、急性期治療が終了。

 入院約一か月後の11/17に回復期治療病院に転院。ここで最初はベッドから車いすへ。さらに車いすから歩行器へ。最後にリハビリ室で各種リハビリを行い、1月中旬に経過が良いと言うことで一時帰宅。

 さらに1月下旬には泊を伴う一時帰宅を行い、昨日2/4に無事退院。母親にとっては散々な半年だったと思いますが、この間数日おきに病院に通っていた私も結構忙しい思いをしました。

 昨日の退院時はお世話になった看護師さんや理学療法士さん、作業療法士さんが総出で退院を見送ってくれ、恥ずかしい思いをしながらも喜んで帰ってきました。

 今日からは実家での生活が始まりましたが、日中は一人で生活することになるのでちょっと心配。出来るだけ顔を出そうと思っていますが、ケアマネージャーさんからは通所のリハビリを進められています。

 また一人暮らしの高齢者のために、市は緊急の呼び出し装置を設置してくれるようで、これがあれば多少は安心できるかもと思っています。

 というわけで、大腿部骨折についての記述はひとまず終了です。

第1792回 デイケアやデイサービス施設の見学を進められました

  昨日午後母親が入院している病院へ。院内に入るとマスク姿が目立ちましたが、咳は聞こえてきません。安心して私もマスク着用し病室へ。

 行ってみるとちょうど日課のリハビリが終わったところでベッド上で寛いでいました。すでに両足で支え無しに立つことが出来るようになっていて自由度が広がっています。

 そのせいか、逆に「早く退院したい」と言うようになりました。しかし入院前の以前の生活では、ほぼ1日中キッチンのテーブルの椅子に座って、家事やトイレ以外ほとんど動くことはなかったので、きっと同じ生活に戻ってしまい、また運動不足になるだろうなという不安を感じています。

 そういった不安というか危惧を病院側も感じているのか、今日の午後は退院後の生活についての打ち合わせを行ったのですが、ともかくデイサービスやデイケアの利用を進められました。
 
 ただデイケアやデイサービスの内容を実際に見たわけではないので、私も本人も全くイメージがわかず、とりあえず話を聞くだけの打ち合わせになりました。

 ちなみに打ち合わせは病院側から福祉担当者、看護師、理学療法士、作業療法士、主治医が出席し、私と母親、担当するかマネージャーさんも含めた総勢8人の打ち合わせとなり、実に丁寧な対応です。
 
 最初に各担当者から現状報告があり、その後今後の対応についてケアマネージャーさんとの打ち合わせ。そこでとりあえず退院数日後にデイケアやデイサービスの施設を見学すると言うことが決定。
 
 母親はあまり乗り気になっていないようでしたが、もし何もしなければ運動不足となり、また室内で転倒骨折と言うことにもなり兼ねず、何とか少しでも運動できる方法が見つかると良いなと思っています。

 ちなみにこういった施設を母親が嫌がる理由の一つに認知症の傾向がほとんどないことがあげられそうです。早い話、まるで幼稚園児を扱うような態度で体操やゲーム等をやるのは苦痛だと言うことで、私も同感です。

 そのあたりの事情はケアマネージャーさんも分かってくれたようで、希望に沿う施設を探してみますと言うことでしたが、今現在の入院している病院の様子を見ても、結構厳しい要求だろうなと思っています。
 

第1791回 一週間後に退院

  冷たく強い北風が吹く中、昨日母親の病院へ。病院の建物は4階建てで母親の病室は3階。建物の周りを北風が吹き抜け、場所によっては体が揺れます。

 館内に入ると暖かいのでほっとしますが、マスク姿も目立ちます。ただし咳き込んでいるような音は聞こえていないので、リスク管理は行き届いているのかなとちょっと安心。
 
 ニュースでは一部高齢者施設の集団感染で亡くなられた人もいるということで、入院のきっかけがCOPDだった母親の場合、もしインフルエンザに感染して肺炎にでもなったら重症化する可能性があるなと思えます。
 
 一方私も幼児の頃から中学生ぐらいまで小児喘息に悩まされ、その後も風邪をひくたびに軽い気管支炎を併発することが多いので、この時期は本当に嫌だなと感じます。

 そういったこともあって、ここ10年ぐらい私はインフルエンザの予防接種も行うようになりました。以前は予防接種をしてしまうと、体の免疫力が落ちるのではないかという危惧もあったのですが、接種をすると確かに感染する確率が減ったような気がしています。
 
 要するに感染しても、あらかじめ体内に抗体が作られているので重症化しないと言うことなのですが、今年は母親も生まれて初めて接種をしました。

 マスクをして、エレベーターで3階に上がり、ナースステーションで面会の紙を記入し病室へ。母親はちょうどリハビリが終わって一段落したところで、ベッド上で寛いでいました。

 すでに骨折の部位は完全に癒着したようで、毎日のリハビリで歩行訓練も行っているせいか、短距離なら以前と同様に何もつかまらずに二本足で歩けるまで回復しています。

 トイレにも車いすや歩行器を使わずに歩いて行けるようになったと言うことで、自由度は拡大。残っているのは鼻から吸入している酸素のチューブだけ。

 しかし最近は大気が乾燥しているせいか、「鼻腔内の粘膜がかさついて困る」と言っていました。そんな中、自分の足で歩ける自信がついてきたせいか、「早く家に戻りたい」と言います。

 戻ったら今よりも確実に運動量が減ると思うので心配なのですが、最近は、高齢の母親にいつまでも「健康のために運動をしろ」と言い続けるのは可哀そうだなという気にもなっています。

 とはいえ運動不足になって再び転倒、骨折ということになれば、今度こそ寝たきりということになりかねず、「本当に退院させて良いのか?」と自問自答しています。

 水曜日にケアマネージャーさんが病室に来て、今後のことを打ち合わせる予定が入っているので、そこで運動についても聞いてみようと思っています。

第1790回 退院予定が決定、四か月の総入院費用は?

  1/20の日曜日に母親を入院先の病院まで送迎。「戻りたくないなあ」と言っていましたが、自宅では木造家屋の寒さが分かったようで、それほど大きな反発はありませんでした。

 病院のいつものベッドに落ち着くとそれなりにほっとした様子。少し話をして戻ってきましたが、翌日病院から退院について電話。

 自宅での生活に支障がないと言うことが分かったようで、この後母親の担当になったケアマネージャーさんが一度病院に来て今後のことについて話し合いをするそうです。

 さらにその話の内容に寄るかもしれませんが、基本的には2/4に退院ということで話を進めたいと言うことでした。というわけで、昨年9月から続いていた入院騒ぎがようやく一段落しそう。

 振り返ってみると、春先から就寝時に不眠や呼吸困難を感じるようになり、8月の終わりに近所の病院を受診。検査を経て、COPDの兆候があると言うことで9/8から入院。

 入院後の治療で、酸素療法を実施するようになり、息苦しさは解消。様子を見て、自宅でも在宅酸素療法を行えば問題なしと判断され、9/26に退院。

 家での生活も落ち着いた頃、油断があったのか10/20にこたつの脚に躓いて転倒。結局救急車でCOPDと診断された自宅近くの病院に搬送。

 レントゲン撮影で大腿部骨折が判明。しかし酸素療法を実施ていることや、高齢ということで、通常は金属を入れるような手術を行うはずの状況で自然治癒を選択。

 というわけで、この病院で最初はほぼ寝たきり状態で骨の癒着を待ちました。一か月後の11/17、骨はどうやらくっついたようで、今度は回復期リハビリを行う必要があるとのことで、リハビリ病院に転院。

 そこからベッド上、ベッドから車いす、ベッドから歩行器というように徐々にリハビリの段階を進め、最近は歩行器を使わなくても何とか歩ける状態まで回復。

 そこで1/7に泊を伴う一時帰宅を経て、2/4に退院に予定ということです。結局9/8から2/4まで、途中一か月ぐらい自宅で生活していますが、ほぼ四か月の入院生活だったと言うことになります。

 この間の入院費用は、高額療養費制度のおかげか、いわゆる治療費用は一か月5万円前後でしたが、ほぼ全期間個室を利用したので、その差額ベッド代は1日当たり0.8万ぐらい。

 つまり単純計算で4ヵ月ですから120日となり、ほぼ100万が差額ベッド代ということになります。治療費と合わせると120万ということになります。

 

第1789回 母親は自宅に戻って熟睡出来たようです

 昨日から実家に戻っている母親の様子を午前中に見に行きました。キッチンのいつもの場所に座ってコーヒーを飲んでいましたが、開口一番「昨晩はよく眠れた」と言っていました。

 私も親からの遺伝なのか、旅行先で環境が変わると眠れない神経質な部分があるのですが、あちこちに旅行に行っているうちに、それなりに睡眠をとることが出来るようになりました。

 しかし母親の場合は、私以上に神経質で、「旅行に行っても眠れないから行きたくない」と普段から言います。それでいて、「たまには温泉に行って旨いものを食べたい」等と言いますから、言われた側として「どっちが本当なんだよ」と頭が痛くなります。

 というわけで、今回の入院でも、個室を希望し、夜は静かに眠れる環境が整っているのに、「深夜に廊下を歩く職員がいる」とか「朝早くから検温で起こされる」等々、眠れない理由を色々あげつらい「眠れない」と言っていました。

 聞いている方としては、病室に行くたびに同じような話を聞かされるので正直うんざりですが、反論するとますますいろいろと理由を述べ立てるので、最近は「ああそう」と聞き流すようになっていました。

 そして昨日の一時帰宅。確かに自宅の方が眠れるはずなので、とりあえず「良かったな」と思い、その通りに伝えましたが、実際に退院して自宅での生活が始まったら、また何かと理由をつけて「眠れない」と言い出すのではと思っています。

 ともあれ、昨日朝の一時帰宅の出発時に呈していた軽い躁状態は少し収まったようです。その機会をとらえて、明日病院に戻る時間を打ち合わせました。

 病院には午後3時までに戻るように言われていますので、2時ごろ迎えに行くと言うことで話がまとまりました。問題は本格的な退院ですが、私や妹の都合がある上、病院がどういう方針なのか、母親に聞いても良く分かりませんでした。

 ただ今回のような泊を伴う帰宅を経験して、自宅での生活に問題がないと病院側が把握すれば、早い話が都合が良いときならいつでも退院が可能になるはずなので、とりあえずこちら側の希望として、来週27日を病院側に伝えることにしました。

 しかし、今は病院で日に数時間のリハビリをこなしているので、血圧も少し下がっているようですが、退院して自宅での生活が始まれば、日中あまり動くこともなくなると思われるので、運動不足となり血圧もまた上昇するのではと危惧しています。

 しかしだからと言って、「もっと運動しないと・・・」と伝えても、自宅でののんびりした自由な生活を希望している母親は、そういったアドバイスを素直に受け入れるとは思えません。

 「かなりの高齢者なんだから、場合によってはあと数年、自分がやりたいような生活を自由にやってもいいのでは」という気もするので、私もあまり言う気になれないのですが、運動不足で再び転倒というようなことにならなければいいがなと思っています。

 ちなみに昨日感じた軽い躁状態について、ネット内を「ひたすらしゃべり続ける高齢者」という検索語句で調べると、似たような状態の高齢者は多いみたいですね。

 共通しているのが同じ話の繰り返し、人の話には耳を貸さず、ひたすら思いつくことをしゃべるという状況。短期記憶の衰えとか、寂しさ、共感を求めている等の解釈が書かれていましたが、どれも頷ける感じです。
 

第1788回 泊を伴う一時帰宅で不安が増加

 寒い朝だなと思いながら、我が家から5分の所にある母親と妹が住んでいる実家に行き、妹をのせて母親の入院先病院へ。30分ほど走って10時ちょっと前に到着。

 母親は10月半ばに自宅の居間で転倒し、大腿部付け根を骨折。本来ならすぐに金属で固定する手術が行われるところですが、母親の場合は高齢で当時在宅酸素療法を受けていたので、手術は不適当と判断され自然治癒を選択。

 その結果、入院期間が長くなり、すでにその期間は二か月半になっています。その間急性期リハビリ、回復期リハビリと順調に進み、このほど主治医が外泊を許可。

 ちなみに外泊の目的は、今後自宅で生活する場合に不具合がないかということをあらかじめ調べておくという趣旨のようです。というわけで病室に行ってみると、自宅に帰ることが出来るうれしさからか、妙に興奮気味。

 血圧も高めで、看護師さんとのやり取りも、一方的に興奮気味に自分からしゃべり、人の話を聞こうとしません。まあ内容は一応筋道だっているのですが、思ったことを次から次へとしゃべっています。

 ふさぎ込んでいるよりは良いなと思いますが、ちょっとした躁状態です。出発時刻の10時になったので、酸素のチューブを病院の壁から携帯ボンベに移し替え、病院の出入り口までは車椅子で移動。

 そこでしばらく待ってもらい、私が車を持ってきて病院入り口に横付け。母親は妹と共に携帯さんボンベを持って乗車。いつもお世話になっている理学療法士さんに見送られて出発。

 30分後自宅に到着し、危なっかしい足どりではあったものの、何とか歩いて玄関へ。心配だった高さ20cmぐらいの玄関の段差も何とか自力で上がり、いつものキッチンの自分の席に座って一段落。

 しかし当然のように部屋が寒い。急いでエアコンをオンにして設定温度を見たら26度。しかしいくら待ってもなかなか部屋が温まりません。

 そこでリモコンの設定を見たら、温度は設定されていましたが、風量や風向きが購入当初のままで、部屋全体を温める設定になっていませんでした。

 改めて設定を行うと、ようやく何とか過ごせる温度になりましたが、やはり古い木造家屋なので、断熱効果はいまいち。そこへもってきて、「部屋が暗い」と言って、気軽にカーテンや障子を開けるものですから、ますます保温効果が妨げられます。

 というわけで、一つ一つ説明して保温効果を高め、とりあえず一段落。室温はそこそこ上昇しましたが、それでも何となくうすら寒さを感じるので、あとは炬燵との併用かなと話が進んでところで今日は終了。

 明日は炬燵を使うための座椅子を買ってこようかなと思っています。単に座布団を敷いただけでは、背筋が弱くなっているので、こたつはほとんど利用しないと言うことを聞いたからです。

 それでも自宅に戻って少し気分は落ち着いたみたいで、躁状態は若干解消。しかしのそのそと部屋の中を動き回る姿を見ていると、こたつの布団に足を取られ転倒なんてことも予想でき、足腰の弱い高齢者対策はかなり神経を使うなと気持ちを新たにしました。

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hoku

Author:hoku
 

 50代半ばで妻を失い、その後の自律神経失調症症状で、50代後半に早期退職。既往症は喘息、アトピー、高血圧。さらに60代になって鼠径部ヘルニア、クモ膜下出血も経験しました。  このブログはそういった経験を踏まえて、日ごろの健康生活についてまとめているものですが、いつの間にか早期退職後10年以上が経過しています。